「火垂るの墓」1988年 日本






1988年
監督: 高畑勲
声の出演:辰巳務、白石綾乃、他

第二次世界大戦中、神戸空襲に遭った清太と妹の節子は母と死に別れ、西宮の親戚の家へ引き取られるが…

本当のテーマは「生きるために必要なこと」だと思う

高畑監督、亡くなられましたね。
この方の作品というと、個人的に印象が強いのはこの「火垂るの墓」と「おもひでぽろぽろ」
「おもひで〜」はジブリの中でもかなり地味の部類に入るのかもしれませんが、見返す度に、こっちが年を取るにつれて胸に迫ってくるものがあって、大好きな作品です。

さて。
「火垂るの墓」は、子どもの頃に観た時の感想と大人になってからの感想がまるっと180℃変わった作品です。
あらすじの説明は…要りませんな。

子どもの頃は、清太さんと節子が可哀想で可哀想で最後まで観れないほどでした。最初から最後までしっかり観たのは二十歳超えてからじゃないかな。
で、お母ちゃんも家もなくした兄妹を引き取った西宮のおばさん。意地が悪くて大嫌いでした。くたばれ!って思いながら観てました。

ところが年を取り見返すにつれて、だんだんと西宮のおばさんの気持ちがわかるようになってくる。

おばさんの家には、自分の娘と下宿人が住んでいる。あのご時世ですから、自分入れて3人分の食事の工面だけでも必死です。鍋にこびりついた米を削って食べている描写も出てくる。
そんなところへ、育ち盛りの14歳と4歳の子どもが入ってきたわけだから当然、困る。
それでも最初は快く接してくれていたのに、対する清太さんの方はなんでか知らんがいつもそっけない態度。

家の手伝いをしている様子もなく、隣組の防火活動にも参加しない。勤労動員にも行かない。
言っちゃえばタダ飯食いです。そりゃおばさんが嫌になって当たり前よ。
勤労動員で毎日頑張ってる娘と下宿人を思えば、タダ飯食いのふたりが疎ましくなるのは自然の流れじゃないかと。

結局兄妹はおばさんの家を出て、道端の横穴で暮らし始める。最初こそホタルをつかまえたりして楽しそうですけど(←ここは日本アニメ史上最高レベルの美しいシーンだと思ってる)、お金もないしそんな呑気な生活は長くは続かない。持ってきた食べ物も底をつきた。

節子は栄養失調からか身体に湿疹のようなものができ、お腹もゆるくなる。節子のために他所の畑から野菜を盗むようになるがついに見つかりボコボコにされ、懲りずに盗みを続けて挙句の果てには空襲のどさくさに紛れて火事場泥棒ですよ。

子どもの頃は、清太さん可哀想!こんなに妹のために一生懸命やってるのに…!って、思ってました。
しかし年を取った今は、見ていてイライラする。

妹のためと言いながら、ひとりでは何ひとつまともにできやしないのに周りに助けを求めることもしない。親切なおじさんに「叔母さんのところへ戻りなさい」と諭されても聞く耳を持たない。

家も母親も亡くした自分たちを引き取ってくれた叔母さんと上手くやっていく努力をするべきだった。
横穴で食べるものがなくなった時点でおばさんのところへ戻るべきだったのだ。あそこで、叔母さんに頭を下げないといけなかったのだ。どうしてそれをしなかった?

清太さんは海軍大佐の息子である。そのプライドが人に頭を下げることを邪魔してるのか?
それじゃあ、泥棒することによってそのプライドは傷つかないのかい?

清太さんが盗みに出かけている時、節子はいつもひとりぼっち。
節子を死なせたのは戦争ではない。清太さんなんじゃないのか?

「火垂るの墓」は物語の背景上、戦争の悲惨さを伝えることがテーマだと思ってました。
だけど実は、そうじゃなかったのかもしれない。

その時その時で、世間、社会に対応してうまくやっていかなければ人は生きてはいけない。
ひとりでは生きていけない。

そうゆうメッセージが込められてるような気がします。
実際、清太さんは生きることができなかったんだから。

 

とは言え、子どものうちはそんなことわかりっこない。戦争の恐ろしさもこれでもかってくらい身に沁みてくるし…今後もこれまでどおり、定期的に地上波で放送を続けて欲しいです。

しかしね、トトロと二本立てにしようなんて言い出したのは誰なんだ?みんな楽しくトトロを見た後にコレを見たのかと思うと、心中お察しするとしか言えない。
振り幅がでかすぎるわ。